コンプライアンスについて

コンプライアンスの壁に阻まれて、海外進出がうまくいかないケースを良く見かけます。
コンプライアンスとは、法令遵守という意味です。
法令を守るということは、会社やその他の組織を運営する上で、とても大切なことです。
法令を守らないと、たとえ利益を出していても、最悪の場合、刑事責任を問われたりして、会社の存続自体が危うくなることもあります。

他方で、「法令」といっても、いろいろなレベル、いろいろな厳しさの法令が存在します。また、法令の解釈も常に一義的とは限りません。むしろ、一定の幅を持って解釈されることの方が多いのです。

そうしますと、どの法令を、どの程度遵守していれば、コンプライアンス上問題がないと言えるのか、そこが悩みどころになってきます。
日本人は、こういう法令上はっきりしない事態における判断が苦手です。

先日、サッカー日本代表のアギーレ監督が解任されました。
八百長に関与したという告発が、スペインの裁判所で受理されたことが理由と発表されています。
この判断は、法的にどうなのでしょうか。

アギーレ監督は、解任をした日本サッカー協会に対して、違約金を請求しなかったようですが、八百長の疑いが濃厚なわけでもないのですから、正当な解約の根拠は、少なくとも今はないといえます。スペインの法律については、不勉強ですが、裁判所が受理したあとで捜査が始まるという報道からしますと、裁判所が受理しただけで解約というのは、法的には問題がないとはいえないでしょう。

ただ、マスコミはここぞとばかりに叩きましたし、スポンサーからの突き上げは相当なものがあったものと想像出来ます。

日本の刑事司法は、世界的に見て非常に特殊で、現行犯でない限りは、警察が事前に周到な捜査を行って有罪とする為の証拠を収集出来ないと、かなり怪しくても逮捕しないというような運用です。海外では、日本のような捜査機関の運用が為されている国はほとんどありません。

タイを例にとれば、私人による告発制度があり、告発があると、いきなり裁判所から出頭命令が出てきます。日本の感覚ですと、刑事事件で裁判所から出頭命令がきたら、相当驚きますが、その時点では、裁判所はなんの判断もしていません。

このように、日本の法制度の運用が特殊であるが故に、日本の組織やその周辺が、海外での法制度の運用に過剰に反応してしまう例はよくあります。

また、日本では、法律の下に通達やガイドラインが詳細に定められ、法律を解説する本も多数出版されていますが、タイやその他の発展途上国では、日本のように詳細な通達やガイドラインは、一部を除いて存在しないことがほとんどです。担当省庁に問い合わせても、対応する担当官ごとに見解が異なったりもすることも少なくありません。

そうしますと、法律の解釈についても、一定の幅を持ってとらえざるを得ないことになります。ところが、日本の会社は、解釈が一義的でないことに慣れていないので、これに戸惑うことになってしまいます。解釈が曖昧であれば、グレーであるとして、グレーな行為は、コンプライアンス上問題があるとして、行わない、または、中止という判断になってしまうことも多くみられます。

ただ、問題なのは、その場合の、行わない、または、中止にすることによる損失を、考慮に入れていないことです。

法律の規定といっても、国ごとに制度は異なりますし、その効果も異なってきます。
一定の幅のある、法律の規制を受ける行為を行うことによる、法的リスクの度合いと、止めてしまうことで受ける、経済的な損失を天秤にかけて判断をすることが、外国の関係する事業を行う場合は必須です。

会社への刑事責任追求のリスクや、高額な損害賠償のリスクがある場合は、止めるという判断が正しいでしょう。他方で、少額の訴訟リスクや、行政上指導を受ける可能性はある場合のように、問題が生じてからの対処で十分間に合うような場合で、成功すれば大きな利益を生む可能性が高い、または、大きな損失を防ぐことが出来るときには、止めてしまうのは、余り合理的ではないと思われます。

法律上、完全にクリーンでない以上は、一歩も前に進めない、というのはあまりに潔癖過ぎて、バランスを失しているといわざるを得ません。
ところが、潔癖すぎる日本では、その様な判断がむしろ当たり前とされ、海外の目からは、日本人の判断が異様に映ってしまうこともあります。

冒頭のサッカー日本代表の例は、確かに難しい判断だったといえるでしょう。
マスコミやスポンサーの意向を考えると、解任しないことによるプレッシャーは相当なものであったと想像出来ます。
タイ現地法人の例でいえば、本社からの「本当に大丈夫なのか?」という強力なプレッシャーを受けている状態と同視出来ます。

ただ、解任をしてしまった場合、次期監督として、アギーレ監督を確実に超える監督を見付けるのは、相当難しい作業になってしまいます。
八百長の疑惑が全くないリーグなど、海外には存在しないのですから、疑惑だけで解雇されるのであれば、落ち着いて監督なんて出来ません。また、八百長の疑惑で代表監督を解雇されるという結果は、非常に不名誉なことでもあります。その様なリスクを背負ってまで、わざわざ日本代表の監督をやりたいと思うのは、実績のない監督だけでしょう。実績のない監督に対して、相当高額な報酬を約束して、やっと次期監督を見つけることが出来るという、不利な立場に置かれることになってしまいます。

今回の日本サッカー協会のような、難しい判断を求めれられた時には、まず、最悪の事態になったときにどうなるのかという、最大限のリスクについて、弁護士等の専門家の意見を聞くことが必要です。前述のようにリスクが高すぎる場合は、取りやめるべきですし、そうでなければ、止めないという判断もあり得るものと思われます。

日本サッカー協会の例では、プレッシャーに耐えて、もうしばらく様子を見ても良かったのではないかと個人的には思います。アギーレ監督の潔白が証明される可能性も十分考えられますし、仮に黒となっても、日本サッカー協会に責任追及が及ぶわけではなく、それから、監督を見付けるのでも、南アフリカ大会の時のことを考えると、間に合わない訳ではないと思われるからです。

いずれにしても、海外でビジネスをする上では、コンプライアンスの判断で致命的な失敗することのないように、バランス感覚がとても必要だと思います。

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