2014年5月22日の現地時間午後5時頃、タイでは陸軍によるクーデターが生じました。これにより、現在の内閣の権限は、陸軍に強制的に移行したことになりました。
これらの行為はクーデターですので、もちろん、法的な裏付けはありません。
しかしながら、タイでは、過去にクーデターによる政権の交代が何度も行われており、政権交代の手段であるかのように思われている節があります。
なぜ、タイではクーデターが繰り返されるのかというと、要するに支配者層同士の権力争いの結果なのですが、民主主義が根付いておらず、民主的な形での政権交代が期待出来ないために、クーデターが繰り返されるのだと考えられています。
これを国民も致し方ないものとして、受け入れているところがありました。
その為、今回も日常的なレベルでは、ほとんど混乱は見られません。当事務所も通常どおり業務を行っています。
今回を含む最近の2回のクーデターは、タクシンという新興の支配者とそれ以外の旧支配者層との権力争いです。前回のクーデターでは、タクシン本人が、今回のクーデターでは、妹のインラックが政権を剥奪されたのです。
過去の首相と、タクシン及びインラックの違いは、選挙において圧倒的な支持を得ていたという点です。確かに露骨な利益誘導型の政治手法で、選挙違反ぎりぎりの感はありますが、正式な選挙違反の証拠はなく、選挙そのものの結果を否定することは出来ない訳です。
ただ、彼らへの支持は、タイ北部東北部を中心とした地方に限られていました。
バンコクにはタクシン派はほとんどいないのです。
これは、タイのバンコクとバンコク以外の経済的な格差を背景にしています。
経済的格差を埋めると称して、地方にのみばらまき政策が為され、それがタクシン派の票田に繋がっているわけです。
他方で、バンコク市内では、かれらの利益誘導的な手法やファミリーの利権体質に反発が強くあり、また、バンコク市民に比べ、教育水準の低い地方の支持を受けていることについて、地方の国民は教育水準が低いので簡単に騙されてしまうと言った、やや差別的な見方が根強くあります。
従って、何度選挙をやっても、(バンコクエリート層から見て)間違った選択が為されてしまう以上、非民主的な手法で、正しい政策を行う政治家を国のトップに据えるべきだという考えも、バンコクでは大真面目に語られていたりします。
こうして、タクシンと、旧支配者層との争いは、結果として、地方貧困層とバンコクエリート層の対立として発現することになりました。
これが黄色シャツ隊(反タクシン)と赤シャツ隊(親タクシン)の対立です。
タクシン派による政府は、地方国民の大半の支持を受けつつも、憲法裁判所や選挙管理委員会という、政府から独立性のある任命制の機関は、エリート層に占められており、これらバンコクエリート層の包囲網に責め立てられる形で立ち枯れた状態になり、そのとどめを刺したのが、今回のクーデターという事になります。ちなみに、軍も上部の人間は、エリート層で占められており、一部の例外を除いて、反タクシン派といわれています。
では、これでタクシン派は、完全に息の根を止められたと見て良いのでしょうか。
ところが、そう簡単に話は終わりません。
何と言っても、曲がりなりにも国民の大半の支持を受けている内閣ですから、これがクーデターによって政権を奪われたとなった場合に、地方の国民が黙っていないということになります。
過去には政治に無関心だった地方の国民も今はそうではありません。
一度目を覚ました国民を再び眠らせることは出来ないわけです。
また、これだけ時代が進んできますと、エリート層の中にも、クーデターという手法に懐疑的な人も多くいます。
さらには、過去のクーデターでは、軍は国王に承認を得る形でその正当性をアピールし、国民の不満を和らげてこられたという経緯があります。しかし今回は、国王の体調が思わしくないこと、また、政治的な発言を避けているので明確には分かりませんが、近年国民の融合を強く求める発言がみられ、非民主的な手法に反対なのではないかと思われる節もあることから、国王がどのような意見を表明するか、もしくはしないのか、と言う点も重要な要素となります。
今後、軍がどの様にして、国の正常化までの道のりを示し、国民全体の理解を得られる将来像を示すことが出来るか、に全てはかかっています。
軍が、今のところ中立という立場をとっているのは、その危機感があるからであることを期待していますが、単純なエリート思想だけでは、地方の反発が爆発し、収拾のつかない混乱に繋がってしまいかねません。
タイ国民はもともと暴力的な国民ではないですから、ひどい事態にはならないとは思いますが、一刻も早く、もとの居心地の良いタイに戻って欲しいと思います。